リカ活動家の日々のこと

リカちゃん人形に着物を仕立てて着せる沼に浸かる活動家。

ビブリオバトル「温故知新」

以前ムビリオバトルについて書きましたが今回は生まれて初めてビブリオバトルというものにリモートで参加してみました。

 

「温故知新」というお題を聞いた時から以前読んだ「ある奴隷少女に起こった出来事」を紹介しようと思っていた↓

 

tototomoton.hatenablog.com

 

200年以上も前に生まれた女性の自叙伝ってだけでもテーマにピッタリ!

と、思ったら本はすでに返却していて手元になく、仕方なくメルカリで買ったペンギン・クラッシックスの英語版を出してきた(なんと350円!)

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要点と時系列だけ整理しようと思ってページをめくったらニール・アーヴィン・ペインター教授のイントロダクションだけでもすごく面白い!!!

 

ハリエット・ジェイコブズが白人の友人に「買い取ってもらい」自由の身になってから執筆したこの本はリンカーンが大統領に就任した1861年に出版されている。

最初は彼女自身、教育を受けていないことを惹け目に感じ、誰かに自分の体験を本にしてもらおうとしたらしい。

実際にエピソードのいくつかは南北戦争のきっかけになったともいわれる「アンクルトムの小屋」を書いたストウ夫人にも伝えていた。

でも、のちにストウ夫人がハリエットの体験の裏取りを彼女の承諾もなしに彼女の元奴隷主の家族に行ったことや、出版の交換条件としてハリエットが自分の娘をストウ夫人のイギリス視察旅行に連れて行って欲しいと頼んだ際のストウ夫人の高飛車な態度に腹を立てて、「もうええわ!自分で書くわ!(と、関西弁では言ってない)」と思うに至っている。

 

原稿を娘に推敲してもらい、書き上げた後も予定していた出版社がつぶれたり、次に当てにしていた出版社も活版印刷の文字組みまで終わってたのに印刷前につぶれたり、、、これでもかという逆境。

もちろんめげないハリエット。

 

もはやこれはこれで面白い読み物ですが、その色んな節目にハリエットを支える格好良い女性たちもいて(ストウ夫人は例外だけど)、そういう意味では胸の熱くなるシスターフッド物語でもある。

 

さらにこんなに必死の思いで出版にこぎつけたのに長い間「当時の黒人奴隷にこれが書けたはずはない」と忘れ去れていたこの物語を1980年代後半から90年代に掘り起こした黒人女性研究者たちがいて、今はアメリカの古典の一つに数えらえていることを思うともう、時間軸を横にも縦にも編み上げたシスターフッドタペストリのような作品です。

 

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ということで、1999年にカーペンター教授が書いたイントロダクションのさわりの部分だけでも和訳してみました。

私のつたない訳で彼女のハリエットへのレスペクト溢れる筆致が伝わると良いのですが…。

 

ハリエット・ジェイコブズ著「リンダ 7年間身を隠したある奴隷少女に起こった出来事1861年発行)」は有名な19世紀アメリカ黒人女性の自叙伝だが、当時の多くの女性奴隷たちの自叙伝(ソジャーナ・トゥルースなどが代表的)が口述筆記されたものだったことを思うと著者本人が強調するように「自ら綴った」ところに大きな意味がある。

ジェイコブズは自ら本を執筆しただけではなく、彼女自身が奴隷廃止論者として精力的に活動し、またな読書家であったために、当時の文芸界のジャンルについても詳しかった。奴隷制度という強大な敵と団結して闘うアフリカン・アメリカンの家族を描写しつつも、当時の定番であった感傷的で虚構に満ちた奴隷の物語とは一線を画し、彼女自身の物語を紡ぐことに彼女はこだわった。そのためにも女性の視点が必要だった。自覚的に目覚めたフェミニストとしてのジェイコブズの視点は奴隷制度がどれほど社会道徳を蝕み、黒人も白人も、金持も貧乏人も、あらゆる人々と家族を腐敗させるかを雄弁に語る。彼女こそが黒人女性の生き方を分析した、この分野の土台を築いたと言える。

 

この物語は主に3つの点を読者の目の前に描き出して見せる。

 

まずは奴隷主と奴隷仲介業者によって黒人がどれほど抑圧されたかだ。

鞭うたれ、強姦されるという身体的苦痛はもとより、精神的な抑圧についてジェイコブズは多くのページを割いている。南部の奴隷州でごく一般的に行われていた家族から引き離され、子どもを放棄させられ、性的に搾取され、精神的に無能だと思わされるという魂の壊死ともいえる精神的な暴力が奴隷制度の核心の部分であることが語られる。

 

次に、“幸せな黒人奴隷”という幻想を徹底してジェイコブズは否定する。元奴隷の奴隷廃止論者として彼女は常にアメリカ社会にはびこる定番かつ嘘っぱちのこの神話と闘ってきた。13章ではこの奴隷制度を肯定する議論に対して、奴隷の劣悪な状況を詳細に語り、北部の人間が「奴隷は現状に満足している」とどうやって信じ込まされてきたかを告発している。

 

最後に、そして最も勇気のいる主張でもあると思うが、ジェイコブズは黒人女性奴隷の道徳観はそうでない立場の人たちと同じ基準で語られるべきではないと主張している。自己決定権をもたない、自分や我が子を人質に取られた状態で拒否する権利を奪われている存在としての女性奴隷の悲哀を克明につづり、この悪のシステムにおいて、個々が必死で抜け道を模索したとしても、他者の所有物である奴隷に自らのモラルを守る力はなく、自らの純潔や我が子の体の尊厳を守ることはできないのだと。